仮想事例のケースレポート

学校心理士の資格申請のためにどのようにケースレポートを作成するか悩まれる先生方も多いかと思います。実際、不合格の理由の多くはケースレポートの不合格によるものです。
 
実は、ケースレポートを書くときのハードルは、「総論は分かるが、各論は分からない」ということです。一般論としてこんなふうに書けば良いというのは分かるけれども、自分のケースレポートのどこが良くないのか分からないということです。リソースポートでは、「ケースレポートの書き方-具体例を通して」という文書を800円にて販売しております。この文書は、修正前のケースレポートと、そのケースレポートの修正すべき点と、修正後のケースレポートの3部構成になっています。つまり、各論が具体的に分かるようになっています。ケースレポートの書き方について、このような文書は他では見当たりません。
 
以下のケースレポート(仮想事例)は、不適切な書き方が含まれている修正前のケースレポートで、「ケースレポートの書き方-具体例を通して」に入っている文章です。このケースレポートには、25箇所以上の修正すべきポイントがあります。このままでは、不合格になる可能性が高いと思われます。
販売している文書「ケースレポートの書き方-具体例を通して」では、そのポイント(25箇所以上)を指摘したうえで、修正後のケースレポートも載せてあります。「STORES.jp」というネット販売サイトでダウンロード販売しております。お買い求めの際には、以下のボタンをクリックして、販売サイトから申し込みをお願いします。
 

修正前のケースレポート(仮想事例)

(1)テーマ

  ①個人やグループに対して、教師が行った継続的な指導・援助

(2)表題

 転校に伴う不登校から教室復帰までのK子に対する援助

(3)報告者氏名

 ○○○○

(4)報告者の立場

 学級担任

(5)教育援助の対象

 K子(小学校5年生)。母親。

(6)テーマや教育援助を行った機関、施設、場所

 I県T市立H小学校、5年1組教室、K子の家庭、他

(7)期間

 X年9月よりX+1年3月まで

(8)教育援助開始時における対象者の問題の概要

 K子は、T市の隣接市町村にあるM小学校からH小学校へ転入してきた。転入は9月24日であった。9月1日に転入の予定であったが、諸事情で時間がかかったとのことであった。転入直後には、友達とも打ち解けていたが、転入してしばらくたったころから、登校しぶりが見られた。朝なかなかおきられずに、登校の準備が遅くなってしまうことが多かった。母親が送ってきて遅刻して登校してくることが多かったが、学級に入ってしまえば、様子は普通であった。そういった状況が1ヶ月ぐらい続いた。報告者(担任)は、K子に対して声かけを多くするなど対応してきた。しかし、11月の初めに欠席となり、担任が家庭訪問を行ったが、本人とは会えなかった。なお2学期はそれ以降ずっと全欠となった。

(9)教育援助開始時における、対象の児童生徒、学校、学級そして家族の環境などについての心理アセスメントの焦点、方法と結果

 K子は、転入してきたときの学級でのあいさつでは、自己紹介をして、しっかりとあいさつができた。掲示用の自己紹介カードもきちんと記入することができた。そこには、ピアノを習っていることや読書が好きであることが書いてあった。まじめでおとなしい児童であった。

 また、同じ班の女子児童とは、楽しげにおしゃべりをしている様子がうかがえた。転入後1週間経過したことに担任(報告者)が、K子本人から話を聴いたところ、学校は楽しいとのことであった。

 転入後2週間が経過した頃から、遅刻して登校する日が多くなった。学級では、疲れているようで、母親も、疲れが出てきたのではないかとのことであった。母親の仕事も忙しく、夜寝る時間が遅くなり、朝起きるのが遅くなって起こしてもなかなかおきないという状況であった。

 なお、母親の許可を得て以前に通っていた小学校に情報提供を求めたが、特に問題は無かった。

 家庭の状況は、転入後は母親と本人の2人だけの母子家庭であった。母親の話によると、転入前には、父親と母親と、本人と兄(中学3年生)の4人家族で、父親の両親と同居していたとのことであった。母親は看護師で、10月1日から新しい職場で勤務できるめどがたったことで、少し早めにこちらへ転居してきたとのことであった。

 以上のことから、K子自身は特に問題を抱えているわけではないが、転入に伴って、疲れが生じているのではないかと考えられた。また、生活環境が変化したため、生活のリズムが崩れてしまっているのではないかと思われた。

(10)心理教育的アセスメントに基づく教育援助開始時の教育援助の方針と計画

 上述の教育援助開始時に行ったアセスメントから以下のように支援を計画した。

 まず生活習慣を立て直すことが重要であるため、就寝時間を早くすることが重要ではないかと考えた。そして、学級では普通に過ごせていることから、朝には少しぐずっても何とか母親に連れてきてもらうことが必要ではないかと考えた。そのため、母親と連絡を取り、協力を仰ぎ、協力して支援を進めていくことを方針とする。

 また、登校できた場合には、担任からの声かけを多くして、関係作りを行うようにする。同様に、同じ班の児童にも依頼し、積極的に声をかけてもらうようにする。欠席が重ならないように、登校できなかった日には、担任が家庭訪問をして登校を促すようにする。

(11)教育援助の経過の概要

第Ⅰ期 関係づくりとチーム援助の始動

 以上のように計画を立てたが、欠席が多くなり、11月上旬から2学期は全欠となった。当初は、K子が欠席した日には、担任が家庭訪問をしたが、K子とは全く会えなかった。母親が在宅の時には、母親にK子を呼んでもらうようにしたが、担任と会うのは抵抗が強いようであった。また、昼間の時間に家庭訪問して玄関から声をかけたが、眠っていたようで全く反応はなかった。家庭訪問をしても会えない状況が続いたため、担任としては今後の支援の方向性が分からなくなり、学校の許可を得てスーパービジョンを受けることになった。

 スーパービジョンでは、焦らない方が良いこと、チームで支援することといった指摘を受けた。

 改めて、支援の方針を計画した。支援のポイントは以下の通りで会った。

 1.家庭訪問では担任との関係づくりを第一に考え、学校へ来るように働きかけるので

   はなく、担任を知ってもらうことを重視する。

 2.家庭訪問をしても会えないことが続いたことから、K子の心理的負担を考慮し、週

   に1回程度にする。

 3.家庭訪問をしても会えない可能性が高いため、それを予想してあらかじめ手紙を用

   意しておく。手紙には、担任の趣味などを楽しい雰囲気で伝える内容を工夫する

 4.学級の児童に依頼し、簡単な自己紹介を含めたお手紙を数人で書いてもらうように

   する。

 5.母親とはまめに連絡を取り、家庭での様子を詳しく聞くようにする。特に、家庭訪

   問についてのK子自身の反応について詳しく聞くようにする。

 6.チームで援助できるように職員を巻き込んでいく。可能ならチーム会議を開く。

 スーパービジョンを受けて、まず学校に働きかけ、支援会議を開いた。教頭、生徒指導主任、学年主任、養護教諭、担任の5名で集まった。今までの状況を伝え、スーパービジョンでの指摘を伝えた。登校を焦らず、まずは関係づくりを第一に考えることが共通理解された。担任も学年主任も男性であるため、養護教諭(女性)の関わりも可能性があるのではないかと示唆を受けた。そこでまずは、養護教諭にも手紙を書いてもらい担任が届けることとなった。その会議を受けて、母親と連絡を取り、学校の方針を伝え、本人の家庭での様子を聞いた。

 次の週(12月初め)から週に1回のペースで放課後に家庭訪問を行った。いつも母親は不在であり、玄関からK子を呼んでみたが反応はなかった。そこで手紙を置いてくることを続けた。初回には、養護教諭からの手紙も届けた。養護教諭からの手紙は、K子が親しみを持ちやすいように考えて、養護教諭と保健室の様子が写った写真を同封して、自己紹介を書いた手紙であった。また、次の週には、クラスの同じ班の児童からの手紙を届けた。母親によると本人は喜んでいたようであった。

  2学期の終業式にもK子は欠席であった。その日は、通知表を届けるために母親の在宅時間に合わせて家庭訪問を行った。母親が声をかけると、玄関先までK子は顔を出した。担任は、転校してきて慣れない環境でがんばったことをねぎらい、クラスの児童と少しずつ関係を作っていけば良いことを伝えた。何人かの児童が年賀状を出したいとのことで、住所を伝えても良いことを母親に確認した。

第Ⅱ期 登校の再開と関係づくりを進めた時期

 3学期の始業式には、K子は欠席であった。年賀状を出した児童が数名いて、全員に返事が来たとのことであった。その日の放課後に、担任が家庭訪問を行った。母親に促されて本人が顔を出した。無理をしないようにと働きかけると、母親は「明日は、少し無理をして連れて行こうと思います」と話す反面、本人は消極的な様子のため焦りを感じ、親子関係の温度差にとまどった。再度、無理をしないように、教室が難しい場合には、保健室に登校しても良いことを母親に伝えると、乗り気ではないようだったが、K子は「明日は保健室に少しだけ来てみるのはどう?」との投げかけには、気持ちが動いたようだった。

 2日目には、2時間目に、母親に連れられて登校した。担任は授業中だったため、養護教諭が対応し、保健室で30分ぐらい過ごして帰宅した。3日目も、4日目も同じような形で登校が続いた。それ以後は、保健室に2時間目に登校し、4時間目の終わりに帰宅することが続いた。保健室の奥の方に、衝立で仕切った場所を作りそこに机を置いて過ごすようにした。担任は、2時間目の休み時間(業間休み)には保健室に顔を出し、K子に声をかけるようにした。K子は、保健室の隅の机のところに座っていて、机の上には漢字ドリルとノートが開いておかれていた。担任は、勉強を頑張っていることをほめ、クラスの様子や学習の進度などを伝えるようにした。また、本人のアセスメントのため、1月20日頃に担任からSCT( 精研式 文章完成法テスト)を渡して、保健室で過ごしている合間に記入するようにした。同時期にはは、養護教諭から、おしゃべりの合間に、バウムテストを実施した。(なお、SCTとバウムテストのコピーは本ケースレポートの末尾に添付した。)SCTとバウムテストからは、心理的な活発さが低下していることがうかがわれた。

             ・・・以下省略

 

(12)教育援助の自己評価(自己点検)

 欠席が続くようになって以降は、家庭訪問しても本人に会えなかったため、担任としても支援に苦慮した。スーパービジョンを受け、支援会議を持つことや、手紙を通して関わりを持つという方針が明確になり、支援が上手く機能できたと考えられる。特に、初期の支援における手紙での関わりは、効果的であったと思われる。母親によると、K子は担任と養護教諭からの手紙は、母親にうれしそうに読んで聴かせたとのことであり、この点からも支援が効果的であったと捉えられる。

 母親が登校を焦り、K子を学校へ連れて来たことは、結果的には良い変化につながったと考えられる。事前に学校として支援会議を持ち、情報の共有や方針を共有していたことが、スムーズな保健室への受け入れにつながったと思われる。養護教諭との関係をつないでおくように、養護教諭からの手紙を本人に渡しておいたことも効果的であったと思われる。

・・・・・・以下省略

 

(13)本ケースレポートにおける教育実践についての考察、

 転入後のしばらくは、学校で楽しそうに過ごしていたため、転入はスムーズにいって上手く適応できたのではないかと捉えていた。2学期始めからの転入ではなく、3週間程度経過した後の転入であため、何らかの問題を抱えてのことではないかと考えても良かったかもしれない。見守る目が不十分だったと反省している。

 家庭訪問は、子どもへのプレッシャーとなることが多く、筆者の今までの経験でも、必ずしも上手くいかないことが多かった。前年度担当した6年生でも不登校の児童が在籍したため、家庭訪問を何度も行ったが、一度も会えなかった。今回は、手紙を上手く活用できたため、家庭訪問が上手くいったのだと思われる。

・・・・・・以下省略

 

 

ケースレポートの書き方ー具体例を通しての販売

「ケースレポートの書き方-具体例を通して」では、修正すべきポイント(25箇所以上)を指摘したうえで、修正後のケースレポートも載せてあります。「STORES.jp」というネット販売サイトで800円にてダウンロード販売しております。お買い求めの際には、以下のボタンをクリックして、販売サイトから申し込みをお願いします。