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公認心理師の上位資格に賛成できない

日本公認心理師協会が公認心理師の上位資格を認定するということです。

その上位資格の名称は、「認定専門公認心理師」「認定専門指導公認心理師」というものです。

 

ちなみに、私は学校心理士スーパーバイザー、臨床心理士、公認心理師で、日本臨床心理士会茨城県公認心理師協会に所属しています。日本公認心理師協会にも公認心理師の会にも所属しておりません。

 

認定の仕組みはかなり複雑なものですので、ここでは解説しません。

日本公認心理師協会のwebページをご参照ください。

 

 

公認心理師の上位資格は、下の図のような3階建てとなります。

「認定専門公認心理師」「認定専門指導公認心理師」

そして認定専門指導公認心理師は、保健医療、福祉、教育、司法・犯罪、産業・労働のうち1つまたは2つ以上を、括弧で付記することができるということです。例えば、以下のようになります。

 

      認定専門公認心理師(福祉、教育)

 

ところで、日本公認心理師協会では、この上位資格制度を「生涯学習制度」として位置付けていて、以下のように解説しています。

 

公認心理師の生涯学習制度について

 公認心理師は、国民の心の健康を取り巻く環境の変化による業務の内容の変化に適応するため、公認心理師の業務に関する知識及び技能の向上に努めなければならないとされています(公認心理師法第43条)。

 本協会では、会員が生涯にわたり知識及び技能学習の向上を可能とするために、2021年度より専門認定制度を開始します。

 

ところで、この「生涯学習制度」というタイトルは、巧妙な言い換えではないかと思います。何よりの根拠はこの制度を定めた規程が、「一般社団法人日本公認心理師協会 専門認定に関する規程」という名称だからです。「生涯学習」には全ての人が賛成すると思いますが、「専門認定」には様々な意見や反響があると思います。生涯学習は、認定専門資格とはイコールではありません。生涯学習のごく一部に専門認定制度があるはずですが、生涯学習というタイトルのページの内容は専門認定制度の説明だけです。こういった巧妙な言い換えを使うところには、不信感を感じます。

 

私は日本公認心理師協会による上位資格創設には賛成できません

 

 私は、日本公認心理師協会による上位資格創設には賛成できません。その理由は、心理職としてのアイデンティティの確立を困難にするような制度だからです。

 

 

心理職の歴史の中で不連続性がある

 

 公認心理師は、平成29年9月15日に施行された公認心理師法によって心理職における国資格として誕生しました。

 

 しかし、公認心理師という資格が誕生するよりもずっと前から、多くの人が心理職として仕事をしてきました。心理職は公的資格制度がない中で、様々な不利益を被りながらも、利用者の方々や社会に貢献してきたと思います。その中で、心理職の専門性を示すために様々な資格が作られてきました。多くの心理職は、様々な資格を背景として、地道に活動してきたからこそ公的資格の必要性が認められ、公認心理師の誕生につながったのだと思います。

 

 その中で最もよく知られている資格が「臨床心理士」です。それ以外にも「産業カウンセラー」「学校心理士」「臨床発達心理士」など様々な資格があります。また、学会などが専門領域ごとに、様々な資格を認定しています。多くの心理職は、自分の専門性を示すために各種の資格を取得しながら、心理職として活動してきたのです。そういう歴史の流れの中に公認心理師の資格があるのです。

 

ところで、「認定専門公認心理師」は、領域を付記できるのですが、これまでの様々な資格との関連性は全くないようです。例えば、私は「学校心理士」の上位資格である「学校心理士スーパーバイザー」という資格を持っておりますが、その資格と「認定専門公認心理師」の領域とは全く関連性が示されていません。つまり、この「認定専門公認心理師」は、今までの心理職の歴史との連続性が全く保たれていないのです。

 

ところで、日本公認心理師協会は、公認心理師以外にも、臨床心理士、学校心理士、臨床発達心理士、特別支援教育士も会員として入会することができます。また、それらの資格団体も協力・協賛団体として日本公認心理師協会に協力しています。こういった資格の団体は、「認定専門資格」についてどのように考えているのか不思議に思います。

 

 

 

資格の乱立の中に埋没する可能性がある

 

 上にも書いたように、心理職には公的資格が存在しなかったために、様々な資格が作られてきました。乱立と言ってよい状態だと思います。ある程度、専門性や信頼性がある資格から、中身がないような資格もあります。心理職ではない一般の方が、その資格の専門性や信頼性を見分けることは極めて難しいと考えられます。

 

 そういう状況の中で、日本公認心理師協会が「認定専門資格」を設けるということは、資格が乱立する状況を助長する恐れがあります。また、すでに乱立している様々な資格に埋没することも予想されます。また、「認定専門公認心理師(教育)」という表記になったとして、一般の方から見ると専門性や信頼性があるように見えるかどうか疑問があります。

 

 また、公認心理師の職能団体は、【 日本公認心理師協会 】と【 公認心理師の会 】の2団体が活動しています。日本公認心理師協会が、設けた「認定専門資格」とは別に公認心理師の会が上位資格を設ける可能性があります。そうなると、状況はさらにややこしくなってきます。

 

こういう状態は、心理職にとっても、また、一般の方にとっても望ましくない状況だと思います。

 

心理職の分断を助長する可能性がある

 

公認心理師の誕生に伴って、心理職の世界の分断が鮮明になりました。詳細は省きますが、臨床心理士と公認心理師の2つの資格への態度・姿勢によって、心理職が分かれてしまう状況が生じました。

さらに、日本公認心理師協会と公認心理師の会という2つの公認心理師の職能団体が誕生したことで、公認心理師の世界も一枚岩になれないことが明確となりました。

 

つまり、心理職同士の中でも、様々な溝が生じている状況なのです。

 

こういう中で、独自に上位資格を設けることは、心理職の分断を助長する可能性があると言わざるを得ません。

 

【ひなたあきらのおけまる公認心理師たん】では、和光大学の高坂康雅先生のYouTube動画を紹介しつつ、「まず先にやるべきなのは分裂職能団体の統一じゃね?と言われていたことに僕も大いに賛同します。」と書かれていますが、全く同感です。

 

 

心理職としてのアイデンティティ確立に困難をもたらす

 

上に書いたような、事情から日本公認心理師協会が単独で上位資格を設けることは、心理職としてのアイデンティティの確立に困難をもたらすのではないかと私は考えています。

 

アイデンティティとは、自分自身が自分自身であるという感覚です。環境や時間が変わっても、自分自身が連続している同一のものであると感じられていることです。自己同一性や自我同一性という日本語訳が使われています。

 

「アイデンティティの心理学」(鑪幹八郎)によれば、アイデンティティは、時間軸と空間軸の2つの軸から4つの状態に分けて考えることができます。時間軸というのは過去の自分との連続性で、縦軸となります。空間軸というのは、社会やほかの人とのつながりで、横軸となります。それは次の図のようにまとめられます(「アイデンティティの心理学」(鑪幹八郎)p75)。

自我同一性の時間軸と空間軸

 上記のように、日本公認心理師協会の「認定専門資格」は、心理職の歴史との不連続性、資格乱立に埋没、心理職の分断のリスクがあります。心理職の歴史との不連続性は、アイデンティティの時間軸では過去からの分離に当てはまります。資格乱立に埋没、心理職の分断は、アイデンティティの空間軸では、他者からの孤立に当てはまります。つまり、図のように自我同一性の拡散・混乱につながるリスクがあるのです。

 

心理職の現状に合わない

 

日本公認心理師協会による上位資格は、上記のように心理職のアイデンティティの拡散・混乱につながる面があります。それだけではなく、現実的な問題として多くの心理職の現状に合わないのではないかと思います。

多くの心理職は、非常勤職を掛け持ちして生計を立てていて、経済的にも社会的にも不安定な状況に置かれています。そういった状況にある心理職が、上位資格を取得するために、経済的な負担、時間的な負担をさらに強いられることになります。心理職が安定して職業生活を営むことは、心理職を利用する人に安定したサービス・支援を提供するために極めて大切なことです。

 

上位資格を設けることよりも、心理職の安定した職業生活に資する活動をすることが、職能団体である日本公認心理師協会には求められることではないかと思います。

 

私の提案

 

 上記のような様々な問題があるの思うのですが、その問題を少しは解決できるアイディアがあります。

 

公認心理師の会と同一の上位資格にする

 

公認心理師の会も、上位資格を設け、同一の名称と同一の制度設計で運用します。当然、対象となる研修も相乗りして、両方の会でポイントが認められるようにします。公認心理師は、どちらかの会に所属していれば、その会で上位資格を取得することができます。

 

これは、一般の利用者の人にとっても利便性があります。2つの会で独自に上位資格が運用されていると、名称が複数になります。資格の乱立状況の中で、公認心理師の上位資格を識別することがさらに難しくなります。2つの会が同一の名称で資格を認定すれば、利用者にとってわかりやすくなります。

 

公認心理師も、どちらかの会に入ろうという気持ちが高くなると思います。

 

他学会認定の資格の更新研修会と共通の研修会とする

 

「認定専門公認心理師」の認定を受けるためにはたくさんの研修会に参加する必要があります。その研修会を他学会が認定している資格の更新のための研修会と相乗りして、両方のポイントが取得できるようにします。そうすれば、個人個人がすでに持っている資格を持ち続けることになって、自分自身のキャリア発達を連続させることができます。また、経済的な負担、時間的な負担も軽減できると思います。

 

蛇足ですが公認心理師から臨床心理士になれるようにしてはどうでしょうか?

 

 日本公認心理師協会の上位資格とは全く関係ありませんが、臨床心理士から公認心理師なれるルートを設けてはどうでしょうか? これは、日本臨床心理士資格認定協会にご提案です。

 

 公認心理師を取得して心理職として2年以上活動している人で臨床心理士からスーパービジョンを受けた場合、資格試験を受けられるようにすればよいのではないかと思います。以前は、第2種の大学院修了後に2年間の臨床経験を経て試験を受けられるという仕組みがありました。それと似たような形で、公認心理師後の2年間の臨床経験とします。また、スーパービジョンは資格更新のポイントとして認めていますので、それを準用すればよいと思います。スーパービジョンを受けるという条件によって、臨床心理士としての哲学や文化もきちんと伝えることができると思います。公認心理師でこういう条件を満たした人に受験資格をあたえるわけですから、臨床心理士の専門職としての専門性は保たれるのではないかと思います。

 

 こういったルートを設けることも、心理職の世界がつながって一つになるということに役立つと思います。また、こういった方法をとると、臨床心理士が公認心理師の上位資格のようにも見えます。本来は、どちらが上位というわけではないかもしれませんが、基礎資格としての公認心理師という位置づけになっていくかもしれません。

 

臨床心理士資格認定協会にとっても、臨床心理士の皆さんにとってもそんな話ではないと思いますが、いかがでしょうか?