千と千尋の神隠しの秘密

 「千と千尋の神隠し」は、2001年に公開された宮崎駿監督の映画です。大ヒットとなり、日本歴代興行収入第1位を達成したそうです。ベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞したり、アカデミー賞の長編アニメ映画賞を受賞したり、と大きな話題となりました。

 

 この映画では、アイデンティティが一つの重要なテーマになっています。自分らしく生きることとは、何かを問いかけているように感じられます。

 

 この映画は、引っ越しのために車で移動するシーンから始まります。実は、引っ越しのために車で移動するシーンから始まるというのは、「となりのトトロ」とまったく同じ始まり方なのですが、様々な点で「となりのトトロ」とは正反対の特徴を持っています。例えば、千尋ととなりのトトロのサツキは同じ年齢だと思われますが、正反対の性格です。引っ越しのシーンでの二人の登場した場面の様子は全くの正反対です。サツキは、明るくて優しい良い子なのですが、千尋は、母親や父親にいちいち反発して、ふてくされてどんよりしています。実は、知らない土地に引っ越さざるを得ない状況を考えると千尋のような様子こそが、ごく自然な様子ではないかと思われます。その自然な姿の中に、千尋の持つ力が隠されているように思います。 

 ところで、アイデンティティという言葉があります。「千と千尋」のテーマの一つは、このアイデンティティだと思われます。「自己同一性」と訳されることが多いのですが、最近ではカタカナでアイデンティティと表記されることが多いように思います。「自分自身はこんな人間だ」という感覚をもっていることです。

 アイデンティティは、自分の中に持つ感覚なのですが、自分ひとりでは、しっかりとしたアイデンティティを作っていくことはできません。人とのかかわりの中で少しずつ育っていくものです。

 千尋は、アイデンティティの危機に見舞われながら、色々な人の支えや自分の力でアイデンティティを回復していくのです。

 

 千尋が湯婆婆と契約するシーンはテーマとかかわる特に重要なシーンの一つです。千尋は、ハクに勧められて、湯婆婆のところへ行き、「ここで仕事をさせて下さい」と頼みます。ハクにいわれたとおり、「仕事をしたい」とだけ繰り返し言い続け、根負けした湯婆婆が契約に応じます。そして、湯婆婆は千尋に契約書をわたして、サインするようにいうのです。千尋がその契約書に自分の名前を書き込むと、書いた文字が浮かび上がって、自分の名前を湯婆婆に魔法の力で奪われてしまいます。契約書に書いた文字が、湯婆婆の魔法で浮かび上がっていくシーンはCMなどでも使われ、目にしたこともある人は多いと思います。

 

 このシーンには、「千尋」という名前が奪われ、「千」つまり「1000」という番号で呼ばれるようになってしまったという象徴的な意味合いが含まれています。つまり、ただ呼び名が変わったということではなく、人格が奪われてしまったということなのです。収容所などに囚われている人が、名前ではなく番号で呼ばれている場面を映画などで何度か見かけます。それと同じで、個人としての人格を奪われてしまっているのです。作品のテーマとも関わりのある非常に大切なシーンだと言えます。

 

 しかし、このシーンには、重要な秘密が隠されています。それは、千尋が契約書に書いた自分の名前の文字が間違っているということです。千尋は「荻野」という名字です。しかし、千尋は湯婆場との契約書には「荻野」とは書いていないのです。千尋が書いた文字は「荻」という文字の「火」の部分が「犬」になっている文字なのです。

 

 文字の間違いは誰にでもあることですが、自分の名前の文字を書き間違えることはまずありえません。そう考えると、物語の中では、千尋は書き間違えたのではなく、わざと違う文字を書いたと考えるのが自然でしょう。おそらく千尋はとっさの判断で、本当の名前を書かず、嘘の名前を契約書に書き込んだのでしょう。湯婆婆はたくさんの仕事に追われて、他のことに気を取られて、名字の文字が間違っていることに、気づいていないようです。湯婆婆は、千尋の名前を奪ったと思い込んでいたと思われます。千尋は、本当の名前を隠しておくことに成功したのだと言えるでしょう。

 

 そして、名前を隠しておくことに成功したことが、千尋が自分自身や自分自身と人との関係を回復することにつながってきます。もう一つの大きな謎が物語の終盤にあります。それは、千尋が10頭の豚の中から自分の両親を見つけるように湯婆婆から言われるシーンです。千尋は見事に湯婆婆の魔法を見抜くのですが、なぜ千尋が湯婆婆の魔法を見抜いたのかは、映画の中では描かれていません。これも物語の謎の1つです。しかし、この謎をとくのは簡単なことです。千尋の名字の文字を間違って書いたことが、魔法を見抜けた理由だと思われます。名字は、英語では"family name"です。つまり、家族の名前なのです。千尋は、湯婆婆との契約書に嘘の名字を書いて、家族の名前を隠し、家族のつながりを保っておくことができたのです。そのため、最後のシーンでの魔法を見抜くことができたのだと思われます。

 

 望まない引っ越しで今までの人間関係を奪われ、魔法によって名前と人格を奪われるという危機を乗り切ったのは、千尋自身のちょっとした機転でした。素直で良い子とは決して言えない千尋だからこそ、自分自身を守ることができたのかもしれません。もちろん、ハクなどの色々な人の助けがあったから千尋はなんとか湯婆婆の世界で生き抜いていくことができたのですが、その話は、また別の記事で書きたいと思います。