最初にお読みください
この記事は、日常生活の中でちょっとしたきっかけから辛い気持ちが生じて、日常生活で不便さを感じている人のために書かれた記事です。
過去に深刻な暴力などの被害を受けたトラウマがある場合、死んでしまうかもしれないと思うほどの辛い気持ちが生じている場合、気づいたら知らない場所にいたなどの記憶が飛んでいるような体験がある場合には、この記事に書かれている方法を活用して自分なりに対処することはお勧めできません。トラウマ治療の専門機関をご利用になって、専門家のサポートを得ながらトラウマに対処することをお勧めいたします。
トラウマについて
日常生活の中で生じるちょっとした出来事によって、急に辛くなったり、不安が湧き上がってきたりすることがあります。ちょっとした出来事そのものは、辛くなったり不安になったりするほどのものではない場合、その背景に過去のつらい体験の記憶があって、それによって今現在も苦しめられている状態かもしれません。こういった場合、その過去のつらい体験やその記憶を「トラウマ」(trauma)と呼ぶことがあります。
トラウマとは、もともと「外傷」という意味です。医療では外科の領域で「trauma」という用語がよく使われています。2011年に発生した東日本大震災によって、たくさんの方が大きな被害を受けました。そういった災害による被害が心理的なダメージとなって、様々な反応や影響が生じることが広く知られるようになりました。それに伴って、日本ではトラウマという言葉が「心の傷」という意味でよく使われるようになりました。
PTSDとは
また、PTSDという言葉もよく使われます。PTSDは、「心的外傷後ストレス障害」という医学的な診断名で、「Post Traumatic Stress Disorder」の略です。PTSDは、死んでしまうような危機的な体験をした後に、生じることがある障害です。自分の意志とは関係なくその体験の記憶が生々しく生じてきたり、悪夢を見たり、不安や緊張が高まったり、現実感がなくなったりして、生活上の様々な困難が生じてしまう状態です。死んでしまうような危機的な体験が、トラウマとなって、様々な反応や症状につながっているのです。
参考サイト:PTSDとは(日本トラウマティックストレス学会)
日常的なトラウマ
PTSDでは、死んでしまうような危機的な体験がトラウマとなっているのですが、もっと日常的な体験でもトラウマとなることが知られています。日常生活の中で生じた恐怖や不安を感じるような体験もトラウマとなる可能性があるのです。例えば、以下のような体験があります。
- 学校で先生から叱られた
- 友達が先生から叱られているのを見た
- いじめを受けた
- 家庭で厳しく叱られた
- 家庭で親が口論する様子を見た
- 職場で上司から厳しく指導された
- 職場で顧客から厳しいクレームを受けた
トラウマによる反応
上記のような体験がトラウマとなることがあります。そして、日常生活の中で、トラウマとなった体験と似たような場面に出会うと、恐怖、不安、緊張などの不快な感情が生じるなど、トラウマによる反応が生じることがあるのです。そのため、学校や職場へ行こうとすると、恐怖や不安が生じて、行くことができなくなったりすることがあります。
また、似たような場面に出会ったわけではないのに、恐怖、不安、緊張などのトラウマによる反応が生じることもあります。それは、お風呂につかってのんびりしているときや、寝ようとしてお布団に入ったとき、くつろいでボーッとしているときなどです。リラックスしているときに、過去の記憶がよみがえりやすくなるので、トラウマによる反応も生じやすくなります。
こういったトラウマによる反応は、そもそもの出来事がなくなってから数ヶ月後に生じるようになることが多いようです。現実的に苦しい体験に直面している最中には、それに対処したり乗り切ったりすることが優先されます。そのため、現実に対処する行動を行えるように、不安や恐怖などの感情が心から切り離されたり、心の中に押し込められたりするのだと考えられます。そして、ある程度安心・安全な状況になった段階で、恐怖・不安・緊張などの感情が生じるようになってくるのです。
トラウマによる反応は良い変化とも言えます
安心安全だからこそ、今まで切り離されたり押し込まれていた不安や恐怖などの感情を整理・処理するように心(脳)が働き始めます。つまり、数ヶ月程度経過した後で、以前と似た状況に出会った時に不安になったりすることは、良い方向へ変化しているという良い面があるとも考えられます。
しかし、恐怖や不安などの感情が湧いてくることは、辛かったり苦しかったりするものです。また、このままどんどん悪い方向に進んでしまうのではないかと不安を感じることも自然です。だからこそ、良い方向へ変化し始めたのかもしれないと考えてみることがお勧めです。
対処法を身につけることが大切
トラウマの記憶は【 冷凍保存 】されている記憶だといわれています。そのため、その記憶がよみがえってくると、生々しい感情が強く湧き起こってしまうのです。しかし、少しずつ安全に思い出すことができるようになると、その記憶が風化してきて、生々しさが減少してきます。カラー写真の記憶から、セピア色に退色した写真の記憶になることに良く例えられます。
トラウマの記憶がよみがえってきてしまった時に、生々しい感情に上手く対処できるようになると、振り回されにくくなります。そして、記憶が少しずつ風化していくのです。つまり、記憶がよみがえってきて辛くなった時の対処方法を見つけることが一番大切なことなのです。
カウンセリングの中では、辛い記憶を安心・安全な範囲で思い出したりしながら記憶の処理を進めていきます。そして、安全に記憶が風化されていくようにお手伝いをします。しかし、日常生活の中で記憶がよみがえってきたときには、ご自分で対処することが必要となります。だからこそ、自分でできる対処方法を身につけておくことは非常に大切なのです。
トラウマ記憶によって辛い感情が生じることへの対処法
良い方向へ変化しているとしても、辛い感情が生じるため学校や職場に行けなくなってしまうような現実的な問題が生じることは非常に困ります。また、現実的な問題は生じなくても、ちょっとした出来事で恐怖や不安が生じることも非常に困ります。そのためトラウマ記憶によって辛い感情が生じること対して、上手に対処して乗り切って行くことが大切です。次のような手順で対処します。
事前の準備
STEP1 メカニズムを理解する
STEP2 今生じていることに気持ちを向ける練習する
STEP3 リラクゼーション方法を練習する
STEP4 対処する練習をする
辛い気持ちが生じているとき
STEP5 今生じていることに気持ちを向ける
STEP6 辛い感情に上手に対処する
事前の準備
STEP1 メカニズムを理解する
まずは、今まで書いてきたようなメカニズムを理解することが大切です。下の図のようにまとめられます。
図のように、「きっかけがあって、記憶が思い出されてきて、それによって辛い感情が生じてくる」ことを理解することが第一歩です。落ち着いて考えられる時に、記憶が思い出されることにつながる「きっかけ」にはどのようなものがあるかいくつかピックアップしてください。また、どのような感情が生じるのかについても、ピックアップしておいてください。辛い感情には様々な種類がありますので、このページの下の方に具体例を挙げておきます。
落ち着いているときに、きっかけと感情をいくつかピックアップしておくと、辛い気持ちが生じているときにも、上記のメカニズムが働いているのだと気づくことができるようになると思います。
STEP2 今生じている事に集中する練習する
辛い感情が生じてくると、「きっかけ」や「トラウマの記憶」に気持ちを奪われてしまいがちです。そのときに、今生じていることに気持ちを向けられると、感情に対処しやすくなります。
まずは、気持ちが落ち着いているときに、今見えているものや聞こえているものに気持ちを集中する練習をしておきます。
たとえば、目の前に消しゴムがあるとします。それについて、見えているまま、詳細に観察していきます。考えを広げるのではなく、見えていることをただ捉えて意識します。例えば、「あー消しゴムが見えている、ケースの角がつぶれている。消しゴムの白いところと黒いところが雲のように見える・・・」というように、詳細に具体的に見えているままで意識します。声に出せる状況の時には声に出してもOKです。
他にも、立っているときや座っているときは、自分の足の裏の感覚に気持ちを集中して、足の裏が床や地面と接している感覚を味わうのもよい方法です。手のひらのしわを見つめて、「ここに星のような模様がある」「四角がならんでいる」など、細かく詳細に観察して、そこに集中するのも良いと思います。
その時その時で、今あるものに、集中することを試してみてください。つらい気持ちが生じてきたときに、「きっかけ」や「トラウマの記憶」に気持ちを奪われるのではなく、今のことに集中できると、自分を保ちやすくなります。
STEP3 リラクゼーション方法を練習する
辛い感情に上手に対処するためには、事前にリラクゼーション方法を学んで練習しておくことが大切です。自分の部屋などの安心できる場所で、リラクゼーション方法を練習して身につけます。お勧めは、10秒呼吸法や筋弛緩法というリラクゼーション方法です。どちらも、だれにでも簡単にできて効果が高い方法です。また、毎日の寝る前の習慣にすることも良いと思います。質の高い睡眠につながり、さらには、感情の安定にもつながります。リラクゼーションの方法はこのページ下部の解説を参考になさってください。
STEP4 対処する練習をする
次に、辛い感情が生じた時に対処することを練習します。まず、安全な場所であることを確認してください。そして、トラウマの記憶が思い出される「きっかけ」を一つ選びます。その「きっかけ」を思い出してみて、辛い記憶が少し出てきたら、すぐに今生じている事に集中してみてください。少しの時間、今生じている事に集中できたら、次に、リラクゼーション方法をやってみます。十分にリラックスできたら、もう一回練習してみても良いと思います。何日間かけて、時々練習してみてください。
辛い気持ちが生じているとき
STEP5 今生じていることに気持ちを向ける
STEP4で練習したように、辛い感情が生じてきたら、まず今生じていることに集中するようにします。
とにかく、今見えているものや聞こえているものに気持ちを集中します。慌てず練習したとおりやれば、つらい気持ちから少し離れることができます。
STEP6 辛い感情に上手に対処する
次に、自分自身の中に生じている気持ちに目を向けます。STEP1で感情をリストアップしておいたことが役立ちます。もう少し詳しく「恐怖で、心臓がギューッとつかまれているような感じ」などと、自分自身の体に生じている感覚もいっしょに言葉にできると非常に良いと思います。そして、安全な場所であることを確認してから、練習してきたリラクゼーション方法をやってみます。少しリラックスできたら、何度か繰り返してやってみてください。
まとめ
過去につらい体験がある場合には、日常的なちょっとしたきっかけから、トラウマの記憶が思い出されてきて、辛い気持ちを強く感じることがあります。まずは、メカニズムを理解して、リラクゼーション方法を練習しておきます。そして、辛い感情が生じた時に、リラクゼーション方法を行って辛い感情に対処することができます。
なお、過去に深刻な暴力などの被害を受けたトラウマがある場合、死んでしまうかもしれないと思うほどの辛い気持ちが生じている場合、気づいたら知らない場所にいたなどの記憶が飛んでいるような体験がある場合には、この記事に書かれている方法を活用して自分なりに対処することはお勧めできません。トラウマ治療の専門機関をご利用になって、専門家のサポートを得ながらトラウマに対処することをお勧めいたします。
この記事は、半田一郎(公認心理師、臨床心理士、学校心理士スーパーバイザー)が作成しました。
辛い感情の具体例
不安、驚愕、焦り、困惑、緊張、恐怖、後悔、無念、嫌悪、恥、軽蔑、嫉妬、罪悪感、恨み・怨み、苦しみ、悲しみ、怒り、絶望、憎悪、空虚
10秒呼吸法
- 最初に体の中に入っている息を「フ―ッ」と吐き出します。
- 1,2,3と頭の中でゆっくり数えながら鼻から吸います。
- 4で止めます。
- 5,6,7,8,9,10で、口からゆっくり吐きます。
コツ
- 吸うよりも吐く方を意識します。
- 吐くときは、ゆっくりと、長く、優しく、吐きます。
- おなかに息を入れるようにすると、深い呼吸ができます。
筋弛緩法
基本的には、10秒間力を入れてから、一気に脱力してリラックスした感覚を20秒間味わうという方法です。脱力がポイントです。例えば、手や腕を脱力したときには、両手に力を入れないため、両手がだらーんとなります。
手や上腕など、体の色々な部位で行うことができます。手で行うのは目立ちませんので、いつでもどこでも行うことができると思います。手から順に色々な部位で行うとリラックスがより深くなります。
両手:両腕を伸ばして、親指を曲げて握りこぶしを作り、10秒間力を入れます。
その後、20秒間脱力してリラックスした感覚を味わいます。
上腕:握りこぶしを肩に近づけて、曲がった上腕全体に10秒間力を入れます。
その後、20秒間脱力してリラックスした感覚を味わいます。
背中:上腕の時と同じように腕を曲げます。
曲げた上腕を外に広げ、10秒間肩甲骨を引きつけます。
その後、20秒間脱力してリラックスした感覚を味わいます。
両肩:両肩を上げて、首をすぼめるように肩に10秒間力を入れる。
その後、20秒間脱力してリラックスした感覚を味わいます。