カンタにはトトロが見えるのでしょうか?

 「となりのトトロ」の登場人物の中で、トトロが見えるのは、多分メイとサツキだけです。カンタのおばあちゃんが小さい頃には見えたのかもしれません。カンタのおばあちゃんは、ススワタリに驚いているサツキに対して「そりゃあ、ススワタリだな。ばあちゃんにも小さな頃は見えたんだけんど」と言っています。昔は見えたのかもしれませんが、今はおばあちゃんには見えないようです。

 実はサツキにもトトロは見えたり見えなかったりするようです。お風呂のお湯をわかすために薪を庭先に取りに行くシーンでは、突風が巻き起こって、薪を空中へ舞あげてしまいます。後から考えるとこの場面では、トトロが地面近くの空を飛びながら、急上昇して木のてっぺんの所にとまったのではないかと想像されます。この場面はサツキを中心に描かれていますが、サツキにはここではトトロが見えていないのでしょう。

 ところで、カンタは、サツキと同級生ですが、多分、カンタにはトトロは見えないのです。この物語の秘密は、なぜサツキにトトロが見えて、カンタにはトトロが見えないのかというところにあります。

 カンタにはトトロが見えないということを入り口に子どものサポートについて考えてみます。

 

メイが学校へ来た日

 ある日、サツキが学校で勉強をしていると、カンタのおばあちゃんが学校へメイを連れてやってきました。メイはお姉ちゃんのサツキがいなくてさびしくなって、近所のカンタのおばあちゃんにわがままを言って学校まで連れてきてもらったようです。担任の先生は快くメイを教室に受け入れてくれて、メイはサツキの教室で一緒に机を並べて座り、お絵描きをして楽しく過ごしたようです。

 その帰りのことです。サツキとメイは一緒に学校から帰っていたのですが、途中で雨が降り出してしまいました。サツキとメイは、傘を持っていなかったために、雨の中を濡れて家に向かっていました。でも、あっという間に本降りになってしまい、2人はお地蔵さんのお堂で雨宿りをすることにしました。ちょうどそこに、傘をさしたカンタが通りかかります。カンタは、少し迷ったようですが、「ん!」と言ってサツキに自分のさしていた傘をつきだして、半ば無理矢理にサツキに傘を貸してくれました。そして、自分は傘をささないで、雨の中を走って行ってしまったのです。サツキに意地悪を言っていたカンタがつっけんどんに傘を貸してくれる様子が大変微笑ましく感じられるシーンです。

 

カンタはなぜ傘を持っていたのでしょうか?

 でも、なぜカンタは傘を持っていて、サツキは傘を持っていなかったのでしょうか? カンタは、いわゆるやんちゃ坊主という雰囲気です。朝学校に行くときに、今日の天気を気にして傘を持っていくようなタイプには見えません。しかも、この日の朝は晴天でした。それにもかかわらず、なぜかカンタは傘を持っていたのです。なぜなのでしょう?

 実は、理由は極めて単純です。母親がカン太に傘を持って行かせたのでしょう。では反対に、なぜ、サツキは朝に傘を持って登校しなかったのでしょうか? この2人の違いを考えていくことは、子どもをサポートすることを考えていくことにつながってきます。

 

 ところで、カンタとサツキのおかれている状況は、見事な対比で描かれています。実は、カンタが持っている傘は、穴だらけのぼろぼろの傘です。そのため、傘をさしたところで、雨でずぶ濡れになってしまうように思われます。一方、サツキはこの場面では傘は持ってきていないのですが、家にはきちんとした、子ども用の赤い傘があるようです(この後のシーンで出てきます)。

 

 ここで、先ほどの疑問をもう一度考えてみて下さい、なぜ、ちゃんとした傘があるのに、このシーンではサツキは傘を持っていなかったのでしょうか? カンタと正反対ですが、理由はやはり簡単です。サツキには、傘を持って登校するように言ってくれる人が誰もいなかったのです。サツキの母親は、病気で入院しています。父親も、遠くの仕事場まで朝早くに出かけてしまうのです。朝、登校するときには、サツキはメイを連れてひとりで家を出てきたのです。きちんとした物はあっても、サツキを気遣ってくれる大人のサポートが身近になかったのです。一方、カンタには、ボロ傘しかありませんが、気遣って持っていくように言ってくれる母親が身近にいたのです。

 

 みんなが傘をさして下校している様子を見て、サツキは、自分ひとりが傘を持っていないことにがっかりした気持ちになったかも知れません。必要な物を自分だけ持っていない状況は、自分ひとりだけ取り残されてような気持ちになるものです。サツキの心にはさびしい気持ちが押し寄せてきたかも知れません。

 

サポートの本質

 この2人の対比は、サポートの本質を明確に示してくれます。完璧なものが用意されていることがサポートの本質ではないのです。ボロ傘であっても持って行くようにいってくれる母親の気持ちがサポートなのです。つまり、サポート自体は不完全ではあっても相手のニーズに気づきそれをサポートしようという人間の意図が、サポートの本質なのです。

 「となりのトトロ」はこんなちょっとしたシーンにも、深い意味合いが隠されているように感じます。子どもも大人も、みんなが「となりのトトロ」を大好きなのは、知らず知らずのうちに、物語の中から深い意味合いを感じ取っているからだと思います。

 ところで、雨宿りをしているサツキたちを見かけたカンタは、ボロ傘を強引に貸してくれます。カンタがサツキのさびしい気持ちを深く感じ取ったのかどうかは、よくわかりません。困っていることは分かってくれたのでしょう。しかし、サツキとメイの2人で、カンタのボロ傘をさして家に帰っても、たぶんずぶ濡れになってしまうでしょう。雨に濡れるか濡れないかだけで考えれば、カンタの行動は全く意味がありません。そのことよりも、困っていることに気づき、助けてくれたカンタの気持ちそのものが大切なのです。カンタの優しさは、きっとサツキをしっかりとサポートしてくれたのだと思います。

 

サツキへのサポート

 こんなふうに、カンタは家庭でしっかりとサポートされていて、元気いっぱいに育っているのです。一方のサツキは、母親が入院しています。父親は優しい人ではあっても、なんだか頼りないかんじです。サツキは、家庭でしっかりとサポートされていないのです。しかし、家庭でのサポートが十分ではない所は、地域のサポートが補ってくれています。カンタのおばあちゃんが色々と面倒を見てくれたり、メイを預かってくれたり、学校でもメイを教室に入れて一緒に勉強させてくれたりという感じです。地域でサツキやメイをサポートしてくれています。

 しかし、地域のサポートも十分ではありません。父親をバス停まで迎えに行った時には、なかなか父親が帰ってきませんでした。そして、暗い夜道で小学校4年生のサツキと4歳のメイという姉妹が長い間父親を待つことになってしまったのです。ここでは、地域の人は誰も助けてはくれません。そんなときに、現れて姉妹を不安からサポートしてくれたのがトトロであり猫バスです。トトロと猫バスは地域のサポートが届かない場面で、子どもたちをしっかりと支えてくれたのです。トトロは、大クスの木の精で森の守り神というような存在ですから、人間を超えた自然のサポートと理解することができるでしょう。

 サツキに大人のサポートが届いていなかったとき、心が不安と緊張でいっぱいになってしまったときに、トトロが現れているのです。

 他にも、母親の病気という不安に直面したメイが勝手に病院まで出かけてしまって、迷子になってしまったときにもトトロが現れてサツキを助けてくれます。カンタやカンタのおばあちゃんや地域の人が総出で、メイの行方を捜しますが、見つかりません。ここでもやはり、トトロと猫バスがサツキとメイをサポートしてくれるのです。

 

 こんなふうに考えると、「となりのトトロ」の世界では、子どもたちが3重にサポートされていると考えることができます。一番内側のサポートは「家庭のサポート」で、その外側にあるのは「地域のサポート」、一番外側にあるのは「人間を超えた存在のサポート」という形で3重にサポートされています。

 

カンタへのサポート

 ところでカンタへのサポートはどうでしょうか?カンタは、上に書いたように、家庭でしっかりとサポートされています。そして、物語では描かれていませんが、多分、地域でもサポートされているでしょう。そして、本家ともそれなりのつながりがあって、電話を借りたりはできるようですし、本家のおばあちゃんからも優しい言葉をかけられています。つまり、カンタは、家庭と地域でしっかりとサポートされているのです。カンタには、人間を超えた存在のサポートは必要がないのです。多分、カンタはトトロとは出会うことなく、大人になっていくのでしょう。寂しいことかもしれませんが、幸せなことです。

 

ハッピーエンドに

 となりのトトロのお話しは、エンディング曲が流れる背景で、母親が帰宅してくる様子が描かれています。そしてサツキやメイは、元気いっぱいに他の子どもたちに入り交じって遊んでいる様子が描かれています。トトロは、雪だるまのモチーフとして、かろうじて存在をとどめています。母親の病気が治って、子どもたちは、家庭と地域でしっかりとサポートされ、トトロの出番はなくなりハッピーエンドでお話しは終わります。

 

現代のサツキは?

 ところで、現代のサツキはちゃんとハッピーエンドを迎えることができているのでしょうか? 様々な理由で家庭のサポートが十分ではない子どもたちも、しっかりと地域でサポートされているのでしょうか? しかも、本当に残念なことに現代の社会には、多分、トトロも猫バスもいないのです。家庭でも地域でもサポートされていない子どもたちには、現代の現実社会では、人間を超えた存在のサポートは届いていないでしょう。サツキのとなりにはトトロがいてくれたのですが、現代のサツキたちのとなりにはどのような存在がいて、きちんとサポートしてくれているのでしょうか?

 

 となりのトトロを見て何かを感じ取った私たちは、トトロの代わりに現代のサツキをサポートすることが求められています。

 

サツキとメイの家(となりのトトロ)
サツキとメイの家(となりのトトロ)